伝説のアニメ「あしたのジョー」レビュー

今更ながらあしたのジョーを見ました。劇場版も見たのですが、今回はTVアニメ版の感想です。

 

何故見ようと思ったのかというと、実は昔からいつかは見ようとは思っていたんですよね。あしたのジョー未来少年コナンは伝説のアニメなので、いつかは見ようと思っていたのですが、その機会が今までありませんでした。今はたまたま見たいアニメも漫画もドラマも無かったので見始めたところ、止まらなくなってしまいした。最近見たばかりなので、昔から見ている人だったり、何回も見ている人にしたら浅い感想かも知れませんが、その辺は大目に見て下さい。あくまで最近一回見ただけの人の感想と理解して頂けると有り難いです。

 

未来少年コナン Blu-rayボックス

 

ボクシング漫画はいくつもありますが、パッと思い浮かんで有名な漫画と言えば、今は「はじめの一歩」ですよね。一歩と比べるとボクシングの試合自体のリアリテさは大分劣りますが、それ以外の人間ドラマが無茶苦茶面白いです。まあ一歩に関しても、ボクシングをやっている人や、本当のボクシングファンからすれば、リアルじゃないのかも知れませんけどね。あしたのジョーはかなり突拍子もない戦法だったり技が出てきて、さすがにリアリティという面では疑問が残るのですが、アニメや物語は何もリアルであれば面白いとは限りませんからね。そんな事は関係無いくらい凄まじいドラマ性が魅力です。

 

はじめの一歩 Rising Blu-ray BOX partI

 

ドヤ街という日雇い労働者の街が主な舞台ですが、今では考えられない舞台ですよね。今も日雇い労働者の街はありますが、このドヤ街はアニメでもカーロス・リベラが言うように、ほぼスラム街ですからね。そして泪橋という名称もまた良いです。実に哀愁があり情緒があります。丹下ジムは泪橋の下にありますが、どう考えても違法占拠、違法建築で、ホームレスがちょっと頑張って作った家って感じです。これも時代を反映していますよね。漫画の連載当時は昭和40年代ですが、昭和40年前後はこんな感じだったんでしょうね。それでも強く元気に生きているドヤ街の人たちを見ているだけで面白く、強いなと感動したりしてそこにドラマ性を見出せます。

 

ドヤ街は今で言うと底辺、負け組、どん底ですが、矢吹ジョー自身の生い立ちも不幸のどん底で、親に捨てられた孤児であり、孤児院から幼少の頃に脱走してから放浪の旅をしてきたんですよね。つまり子供の頃からのホームレス、日雇いな訳です。アニメの孤児院を脱走した絵を見るとかなり幼く、想像するに10歳から12歳ってところでしょうか。そのころから数年、子供の身でありながらなんとか食い扶持を繋いで生きてきたんですよね。

 

そのジョーと丹下段平、ドヤ街の住人が出会い、そこから上へ上へと登っていくサクセスストーリー。前にも書いたかも知れませんが、私はサクセスストーリーが大好きです。あしたのジョーはサクセスストーリーの代表的作品ですよね。ほぼホームレス状態のジョーと丹下段平が、ボクシング一本で成り上がっていく様が実に爽快で気持ちが良いです。勿論順調に成り上がっていくわけではなく、そこに挫折や苦悩があるのですが、これが無茶苦茶格好良く面白いです。一筋縄ではいかないことばかりで、このアニメが終わった時点ではなんと無冠。世界戦までやっているにも関わらず、新人王にも日本チャンピオンにもなっていません。このストーリー展開もなかなか突拍子も無く新鮮でした。

 

このサクセスストーリーは何故ここまで面白いのかと考えた結果、ドヤ街での燻り方もなかなか焦らしてくれましたが、なんと言っても少年院での話でしょう。少年院の話が長すぎて、ボクシングと関係無く嫌いという人もいるでしょうが、私はこの燻り方を丁寧にじっくり描いたことで、その後のサクセスストーリーの爆発がより面白く感じられたのだと思います。

 

六田登の「F」と言う漫画もこの系統です。これはカーレース、F1の話ですが、これもレースに入るまでの前振りが長い長い。これを冗長と感じるか、良い前振りと感じるかは正に好みが別れる所でしょうし、作品によるとは思いますが、私はFもあしたのジョーの前振りも大好きです。前振り自体の話が好きというわけではなく、その後を面白くする為の準備運動として最高だと言う意味です。 ですから、長すぎとも思える前振りのお陰で、その後の展開が爆発的に面白くなったと考えています。ボクシングをやる気にさせた力石との因縁、その後同僚となるマンモス西、健気にジョーを見守ってきた丹下段平、詐欺で騙されてその後も関わりを持つ白木葉子、ずっと慕ってきたドヤ街チビ連。この辺の人間関係の奥深さは、少年院前のゴタゴタや少年院での話をじっくりやっていなければ出なかったでしょう。

 

F 1巻

 

裏話で、原作の高森朝雄の意図を漫画家のちばてつやが間違って受け取って、力石の体格をジョーより一回り大きく描いてしまい、その後の構想が狂って力石の減量というエピソードを描いたそうですが、結果的にこれがあしたのジョーの面白さ、力石との因縁、ジョーがこの階級に拘る理由などが非常に強くなり、より面白くなったんですよね。この力石の減量エピソードは今となってみれば、この作品に無くてはならない重要な話ですが、こんな偶然から生まれたなんて、物語を作る、面白くするってどう転ぶのかわからないものですね。

 

ただ最後は原作に追いついてしまい、尻切れで終わってしまったので、ここはさすがに残念ですね。当然1970年代はネットなんて無い訳で、意見の交換や発表の場が無いに均しかったと思うのですが、当時リアルタイムで見ていた人はどういう感想だったんでしょうね。

 

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