アニメ全話レビュー「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO 第22話「採掘場からの脱出」」

今回レビューするのは、この世の果てで恋を唄う少女YU-NOの第22話です。

 

それでは早速レビューを書いていきたいと思います。

 

ちなみに、YU-NOの解説・考察は別記事にまとめましたので、気になる方はご一読ください。

 

先の展開のネタバレについては、このようにオレンジ色のマーカーで、ネタバレの始まりと終わりを注意します。重要なことを強調する黄色のマーカーとは別なのでご注意ください。

 

あらすじ

潜入していたレジスタンスのメンバーや収容所の捕虜とともに蜂起するたくやとアマンダ。
バズクの妨害を止めるためガーゼルの塔で戦う2人であったが、塔の崩落により頂上に取り残されてしまう。
逃げ場のなくなった2人の前に空から現れたのは…

 

みどころ

  • アニオリの脱獄物語

 

感想

今回はほぼ全編アニオリだった

次回のあらすじが毎週月曜日に公式HPにアップされるのですが、その時予感していたとおり、今回はほぼ全編にわたってアニオリでした。

 

潜入していたレジスタンスのメンバーや収容所の捕虜とともに蜂起するたくやとアマンダ。
バズクの妨害を止めるためガーゼルの塔で戦う2人であったが、塔の崩落により頂上に取り残されてしまう。
逃げ場のなくなった2人の前に空から現れたのは…

 

前述もしていますが、まずこの3行のあらすじ全部が原作とは違っていました。

 

根本的な原作の流れとしては、たくやとアマンダが懲罰房に入れられている時に、いつも起こっていた群発地震のどでかいのが来て収容所全体が崩壊。そこにクンクンが来て空に救い上げて貰う…との流れでした。しかし、アニメだとまず群発地震が発生していません。そのため地震で収容所崩壊も変わるのではと前回の記事で書きましたが、やはりその通りになり、今回は全編脱獄物語に変貌。

 

簡単にまとめると、原作では地震が起こって収容所が崩壊したのでクンクンに助けられたのですが、アニメではたくやたちが決起してガーゼルの塔を破壊して脱獄となりました。

 

異世界編ではこれまで大まかなあらすじは原作に沿っていて、枝葉にだいぶアニオリを入れてきていたのですが、今回は現代編で神奈と海に出かけた第15話くらいアニオリ満載でした。この善し悪しは別にして、全く新しい話を見ることは出来ました。

 

やっとユーノを思い出す

今回はアマンダへの折檻から開始。所長のバズクのムチの一部(?)がアマンダの右目に突き刺さり負傷。これがアマンダの隻眼の理由のようです。原作ではアマンダ登場から既に右目に包帯をしていました。このときはたくやの懲罰房にバズクに折檻を受けたアマンダが放り込まれた状況だったので、原作の補完的な意味合いなら整合性は取れています。

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名無しの囚人が、「自分には娘がいるから家に帰してくれ」と看守に懇願。受け入れられずに発狂して逃げ出す囚人。たくやがユーノを思い出したのか、その囚人を助けようとするのですが間に合わず、ガーゼルの塔の雷に撃たれて死亡。たくやはここで前回1話丸々思い出さなかった娘のユーノを思い出したようです。前回の話ではユーノのことを全く思い出さなかったのに唐突な印象が拭えません。今回は急に思い出したようにユーノの話を入れていました。

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脱走計画を練る

脱獄者を助けようとしたからか、たくやは再びアマンダの隣の懲罰房へ入れられます。ここでアマンダに話していたように、たくやはデオとカーツと脱走計画を練っているのだとか。しかし、アニメだとたくやとアマンダは結局最後まで別の房でした。原作だと一緒の房に入れられ、昼間は高温、夜は低温の地獄をともに耐え抜き、そこで得た信頼感…との流れはバッサリなくなってしまいました。

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今回、たくやがアマンダに「死なない限り望みがある」と言っていたのはループ構造です。この言葉は現代編で神奈が母からいつも言われており、この言葉を胸になんとかギリギリ生きてきたと言っていました。その母親はどこでこの言葉を聞いたのかと言ったらここなんです。これは原作でもあったのですが、少し状況が違い、前回の記事でも書いたように、同じ懲罰房でアマンダと一緒に死にそうになるのを堪えていた時でした。たくや→アマンダ→神奈→たくや→以降繰り返し…と言う構図になります。鶏が先が卵が先か…みたいなものになっていて、これはシュタインズゲート・ゼロでもありました。

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原作にあった、同じ房で一緒に地獄のような環境に堪え、バズクの理不尽な折檻に共通の敵を見出すことで芽生える連帯感などがなくなったのは残念です。まあ、この辺り地味な話なのでアニメ映えしないのはわかるのですが、動機や気持ちの醸成と言う面では必要だったと思います。この後アマンダと…となっても、そこに至る経緯、動機が薄くなってしまった気がします。

 

脱獄計画は採掘場全体を攪乱し、その混乱に乗じてレジスタンスリーダーのアマンダを助けるとのもの。オーソドックスな戦略です。しかし、3人だけではこれは無理だと話していたところ、周りにいた囚人がOP前の娘のために脱走しようとした囚人を見て、自分たちにも家族がいることを思い出して協力を申し出てきます。しかし、こんな大事なことを周囲に聞こえるように開けっぴろげに相談するとか…。

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ここでは皆でレジスタンスのポーズをしていましたが、いつ他の囚人達はこのポーズ知ったのでしょうか。レジスタンスであることを識別する仲間内のポーズだったはずですが…。ここは死をも覚悟すべき決意するシリアスなシーンのだと思うのですが、演出がとても軽く、そんな重要なシーンに見えませんしチープでした。表情なのか、絵柄なのか、アニメのYU-NOはどうもシリアスなシーンがシリアスに見えません。原画上がりの監督なので、このあたり影を出したり暗い表情をさせたり、なにかしら出来そうなものなのですが…。

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しかし、このアニメは至る所の設定がガバガバですね。原作は重箱の隅を突けば、そりゃあSFなのでここがおかしい、あれがおかしいとの部分は出てくるのですが、きちんと体裁は取り繕っていましたし、物語として良く出来ていましした。しかし、アニメは脱獄計画を大広間で普通に話し、周囲の囚人全員に聞かれているって…。設定や話の整合性で子供だましすら出来ていないのではと思ってしまいます。

 

もうすぐ儀式あるからガーゼルの塔を止める

バズク曰く、もうすぐ大事な儀式があるので、超念石入り巫女の棺を採掘場から外に持ち出すとき、一旦ガーゼルの塔を止めるとか。そのことを知っているデオはこの日に脱獄計画を行うことを決定。しかし、予備が動いたら不味いので、そこも破壊しなければならないようです。

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塔を破壊する手段がわからないと悩むデオ。そこでたくやが、昔同じような塔を破壊したことがあると言い、その時のように剣を塔に突き刺し避雷針にすることを提案。アニメでは龍造寺屋敷の井戸があったこと、三角山の洞窟と同じ洞窟があったことなどから、ここと三角山が同じ場所ということが前回分かりましたが、実は原作ではたくやが収容されたこの場所は三角山とは違う場所でした。

 

このデラ=グラントにはここと同じような収容所、採掘所がいくつもあり、そこには同じように脱獄を防ぐガーゼルの塔のような物があります。そのうちの1つにたくやは収容されただけで、三角山とは違う場所でした。

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デオは裏切り者?

バズクの夕食に召し仕えるデオのシーンがあったのですが、これはデオが裏切り者と言うことではなく、バズクに取り入って色々な情報を聞き出していると言うことでしょうか。現代編の豊富の立ち位置を異世界編でもなぞるとすると、どこかしらで裏切るはずだとは思うのですが…。

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バズクはその後たくやを部屋に呼びつけ、アマンダと仲が良さそうなので、レジスタンスの情報を聞き出して欲しいと頼みます。その代わり、娘のユーノに会わせてやるとの条件を出していました。これをたくやは了承し、脱獄の際に使用したいと没収されたアイリアの剣を要求。ちなみに、このバズクの部屋には龍造寺の屋敷で見たタペストリーが飾ってありました。同じ物ってことですね。これは原作にないシーンですが、タペストリーを異世界編でも出すのは繋がりが分かって良いと思います。

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しかし、前回はユーノのことなんて一切思い出さなかったのに、今回はユーノのことが何回か出てきて心が動かされていました。前回は終始神奈のために行動して脱獄までしようとしていましたし、そもそも砂漠を越えて帝都に行く目的も、神奈のために奪われたリフレクターデバイスを取り戻すためでした。そして、今回は神奈のことは一切出てこずユーノのことだけ…。もっと言えば殺された妻のセーレスのことなんて、砂漠を越えようと思った前々回から一切思い出に出てきません。このあたり動機のブレが激しくて気になります。

 

脱獄開始

この収容所では超念石の採掘、精製、最終工程(巫女の棺の作成)まで全て行われていましたが、気になることがいくつかありました。超念石の精製は足踏みのベルトで削るだけなのでしょうか。現代編でジオテクも亜由美もあれだけ苦労して精製に成功しなかったのにです。ちなみに、原作ではジオテクで亜由美が精製に成功しています。また、超念石を削るのも雑で、岩がだいぶ残っているのですがそれで良いのでしょうか。更に、形がバラバラの超念石を棺の内側にペタペタ貼るだけとの実に雑な作り…。まあ、それはともかく、巫女の棺は完成したようで、バズクは喜んでいました。巫女の棺の中には超念石がたくさん埋め込まれているようです。

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今日が巫女の棺を運び出し、ガーゼルの塔を止める日だと知っているたくやは、バズクに今日アマンダと話したいと申し出ます。そして、収容所では囚人が暴動を開始。この混乱に乗じてたくやはアマンダを救い出して脱獄を始めます。

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看守が既にガーゼルの塔を止めていましたが、巨大なコントロールルームのような部屋がありました。このような部屋は勿論原作にはありません。

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囚人達は看守を人質にして脱獄を試みるのですが、バズクは看守ごと雷で打てと、ガーゼルの塔の再起動をその場に板看守に命じます。しかし、看守は仲間を殺せないと拒否。そこで、ガーゼルは自ら再起動。ガーゼルの塔が再起動するのを見た、巫女の棺を運んでいた看守は何故か戻ると言いだし…。

 

バズクは脱獄しようとしているたくやとアマンダを見付け、電気の警棒でアマンダを気絶させます。アマンダを人質に取ったバズクは、たくやにガーゼルの塔を再起動させろと要求。しかし、そのとき外ではカーツがたくやから受け取った剣をガーゼルの塔に投げつけ、現代編と同じように塔が破壊されます。

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そして、たくやvsバズクの一騎打ちが始まりますが、あっさりとたくやが勝利。転んだバズクの警棒がガーゼルの塔のコントロールパネルのようなところに突き刺さり、本格的にガーゼルの塔が崩壊しました。しかし、たくやの長剣に対し、バズクは短い警棒で戦うとか、そりゃあバズクは勝てないよ…。武器が不利すぎる。

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敗れたバズクはバランスを崩して塔の最上階から落下。死ぬかと思いきや、ジャッキー・チェンの映画よろしく、たまたま下にあったテントの屋根(?)の布で衝撃が緩和され死にませんでした。しかも、たまたまそこにあった巫女の棺の中に入り閉じ込められてしまいました。所長は死ななかったので再登場あるかも?

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たくやとバズクの対立構造が全然なかった

前回の記事でも書きましたが、アニメはたくやとバズクが全くと言って良いほど対立していませんし、目も付けられていません。前回は最初にユーノのことを聞いた時と、超念石を盗んで脱獄しようとして捕まった2回のみバズクに怒られ、今回はなんと1度もバズクに怒られる事はありませんでした。

 

原作の場合、収容所の話はバズクが理不尽なことでたくやをいじめ抜くことが重要なポイントでした。それでくじけそうになるたくやは、ユーノに会いたい一心で耐え抜く。だからこそたくやが娘を思う気持ちがプレイヤーのこちらにも伝わってきて感情移入出来ました。

 

バズクは本当に嫌な奴で、たくやと一緒に「この野郎!」と憎み、それがゲームにのめり込む一因だったのですが、これがないので所長の存在感はほぼありませんでした。そして、その所長に同じく虐められるアマンダと共通の敵を憎み共闘、心を通じ合わせることが出来たのですが、アニメの収容所は人間関係が表面上だけで軽くなってしまい深みがなくなってしまいました。

 

クンクンが助けに来て…

ガーゼルの塔屋上に取り残されたたくやとアマンダ。もうこれで終わりかと思ったアマンダは持っていた短剣で自殺しようとするのですが、そこに現れたクンクンが空へ助け出して危機一髪で塔の倒壊から逃れます。しかし、アマンダはレジスタンスのリーダーなのに簡単に諦めすぎでは…。

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クンクンはPS4の2017年に出たリメイク版よりもさらに中性的になり、肌色の部分が減っていました。この辺りは地上波での規制でしょうか。98版やサターン版はもっと女性っぽく、肌色部分も多かったのですが、PS4版、アニメ版とどんどん露出が減っています。

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クンクンに空に運ばれたたくやとアマンダはそのまま帝都に向かって運んで貰ったようで、目の前に帝都が見えたところでクンクンが力尽きてしまい、その場に倒れ込みます。そして、クンクンの遺言である「一緒になりたい…」との言葉。

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ノガルドのクンクンは食用動物なので、自分を食べてくれとの意味です。ここまでは原作と同じなのですが、アニメだと目の前が帝都ですし、お腹が減って倒れそうになるたくややアマンダの描写もないので、別に食べる必要はないですよね。歩けばすぐそこに帝都という近さまで来ているのですから。アマンダは「まだ帝都まで距離がある」と言っていましたが、見た感じ数百メートルから、遠くても1,2kmと言った感じなんですけどね。

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原作だとまだまだ帝都は見えず、歩いても軽く2,3日は掛かるので、とても今の空腹状態で2,3日も砂漠を歩くのは無理。仕方がないからクンクンを食べよう…との流れでした。これには生きるために仕方なくと言う、クンクンを食べる必然性がありました。しかし、アニメでは空腹でもなければ体力もまだあるようですし、そもそも帝都まで目と鼻の先なので、クンクンを食べる必然性が見出せません。これではクンクンを食べる理由は、クンクンが言った言葉のみで「一緒になりたいから」のただ一点になってしまいます。

 

原作ではこの「一緒になりたい」との言葉の意味はもう少し複雑で、たくやたちはこのままでは帝都に辿り着けない、死んでしまう、それがわかっているクンクンは、それならばと『私を食べて生きて』と言ったんです。たくやたちが大切にしてくれた自分を簡単に食べようとしないことはクンクンもわかっていたので、こうやって自分の望みでもあるんだから…と背中を押してあげる言葉でもあったっはず。

 

次回、実際に食べる状況を見ないとわかりませんが、アニメだと目的地の帝都が近く、空腹でもなく、体力もあるとなると、食べる意味がないのではないでしょうか。原作でクンクンを涙を堪えて食べた意味合いがまるで変わってしまいます。

 

クンクンが「一緒になりたい…」と発した言葉。その裏に込められた意味。アマンダがクンクンが死ぬまでは静かに見守っていた優しさ、気遣い。死んだ後に食べようと言い出す決意。生きるためにどうすれば良いのかの争うアマンダとたくや。この辺りは色々考えさせるシーンだったのですけどね。これが次回どこまで表現出来ているのか…。前述したように、既にいくつか重要なシーンがないか変わっているので、原作の深かったシーンにはならない気がします。

 

やはり気になったのが、まだクンクンの息があるうちに、アマンダがクンクンを食べようとたくやに言い、短剣を差し出したところです。まだ目の前でクンクンが生きているのにこれはちょっとないのでは…。これじゃアマンダはサイコパスではないですか。目の前で死にそうになっているクンクンがいるのに、こいつを食べようぜと相談するって…。

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原作ではクンクンが「一緒になりたい…」との言葉で、食べてほしいんだなとアマンダは察していたのですが、敢えてここでは無言でした。そしてクンクンが死に、それを待ったようにたくやに「食べてやろう」と言いました。アマンダはきちんとまだ生きているクンクンに気を使う優しさがありました。しかし、アニメではクンクンが生きている間に食べようと言ってナイフを差し出し…。

 

何回も書いているのですが、やはりこのアニメは動機とか心の動きを軽く考えている感が至るところから見て取れます。

 

クンクンが弱る様を全く描いていないので違和感

クンクンはたくやとアマンダを助けに来てから1分程度で瀕死の状態になってしまったので、原作を知らずにアニメだけ見ている方にとっては唐突すぎる印象を受けると思います。しかし、原作ではきちんとクンクンが弱る様を描いていました。具体的には原作では下記の流れが描写されていました。

 

  1. クンクンが助けに来る
  2. 全壊した収容所に降りて生存者を探すもゼロであることを知る
  3. この時点で既にクンクンが疲れている
  4. 夜になると氷点下になるので、その前にどうするか決めないと私たちは死ぬとアマンダ
  5. 悩んだ末過酷なことだがが生きるためには飛んで貰うしかないとたくやがクンクンに頼む
  6. おそらく2,3日砂漠を飛ぶ
  7. まだ帝都が見えない砂漠の途中でクンクンが力尽きて倒れる

 

これらの話がばっさりアニメではカットされていました。きちんと砂漠を飛ぶ前に、ノガルドは体力がないことや、砂漠の飛行を強行するとクンクンは危険なことなどがたくやとアマンダの会話で分かりました。そして、たくやは葛藤していました。ところがアニメでは上記描写の(1)と(7)しかやっていません。間を完全にすっ飛ばしています。そりゃあアニメしか見たことない方にとっては「なんだこりゃ」と思いますよね。

 

原作でもクンクン再登場から死亡までは早く、あっと言う間の印象はありました。それでも一応話としては筋が通っていましたし理解出来ました。しかし、アニメではクンクンが何故弱ったのかさっぱり描写出来ていません。

 

収容所の囚人達はどうなった?

ところで、今回ガーゼルの塔からたくやとアマンダをクンクンが救い、帝都側まで運んでいましたが、塔が倒壊したあとの収容所の囚人達はどうなったのでしょう。原作だと大地震でガーゼルの塔も収容所も全壊し、所長も看守も囚人達も全員死んでいました。囚人達がどうなっているのか確認もせずにそのまま運ばれていくのはなんか変ですよね。

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収容所が全壊してたくやとアマンダ以外全員死亡と言う話も衝撃でした。気を使ってくれた優しい囚人仲間も、名も無き囚人も全員死んでしまいました。そして、自分と対立していたとは言え、所長や看守まであっけなくしんでしまったことに、なんともいえない複雑な気持ちになりました。憎らしかったけど死ななくても…と。特に所長以外の看守はただ神帝を信じて職務を果たしていただけですからね。所長は自分のサディストの趣味をぶつけていただけの部分もあったので、まあ死んでも仕方がないかなとは思いますが…。

 

アニメは原作とは違い、ガーゼルの塔が倒壊しただけなので、囚人も、下手をしたら所長のバズクも生きている気がします。囚人達はレジスタンスに入ったような描写があったので、その後アマンダとともにレジスタンスの隠れ家などに行った時に再合流との流れでしょうか。当然、デオもカーツも生きていて再登場すると思います。

 

総評

今回はほぼまるまるアニオリと言って差し支えのない回でした。アニオリの度合いとしては前述もしましたが、15話の神奈と海に遊びに行った回くらいです。原作では大地震で収容所が倒壊するところ、囚人達と協力して脱獄していました。

 

これの是非は…どうなのでしょう。原作では地震で倒壊して脱出と言う短い話を、脱獄という物語を新たに作って引き延ばししていた感じなので、いらないと言えばいらないのですが、収容所の話に物語を作ろうとする意図自体は嫌いではないです。

 

ただ、最後のアマンダの言動が引っ掛かりました。クンクンがまだ生きているのに、たくやに食べようと短剣を渡さなくても良いじゃないですか…。死にそうなクンクンも目の前でその会話を聞いて見ているんですよ。どうせもうすぐ死ぬのだから、原作と同じようのそこまで待ってから言えば良いのに…。

 

本当にこのアニメは人の気持ちとかの描写がおかしいです。登場人物の優しさ、気遣い、それを思わせる『間』など、アニメではことごとくなくなったり変わったりしています。今回もアマンダの優しさや気遣いが感じられるシーンが変えられていたので、、これではアマンダは気を使えない、空気が読めない女と言うことに…。

 

しかし、あの言動とタイミングから考えるに、まさかたくやが苦しむクンクンに止めを刺すのではないでしょうね…。死に様を何故か変えてくる監督なので少し嫌な予感がします。別に死に様が見どころでも注目しているところでもないんですけどね。そこに至る過程、物語に心を打たれるんです。亜由美の自殺ループでも思いましたが、過激な死に方だったり、衝撃的なビジュアルを求めているわけではありません。そこをどうも履き違えている気がします。

 

こんな人にお勧め

  • タイムトラベル、タイムリープものが好きな人
  • 異世界ものが好きな人
  • 壮大な話が好きな人

 

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