目次
あらすじ
関東の田舎のある村で一人の少年が熊に襲われ、山探しをした男たちによって虫の息の状態で家へ帰ってきたが、間もなく息を引き取る。直後、少年の周囲の若い男たちが次々と高熱を出し、真っ赤な発疹を全身に発症して亡くなっていく。そしてその奇妙な病は数年後には関東一円にまで伝染していった。後に「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」と呼ばれる病は、「男子にのみ感染」「ある一定年齢までに感染すると命が無いが、歳が高ければ助かる確率が高い」という事以外対処法も治療法も発見されず、男子の人口は凄まじい勢いで減ってゆく。やがて男子の比率は女子の約4分の1で安定したが、このことにより社会は激変した。
男子はその生存率の低さから、子種を持つ宝として大切に育てられ、貧しい家々に生まれた男子は金持ちの町人や婿の取れない貧しい家に種馬として貸し出されて金品を受け取り、中には遊郭(花町)で安い値で体を売る。高貴かつ裕福な家々に生まれた男子もまた、宝として大切に育てられて婿へ行く。もはやかつての婚姻制度は機能不能となり、婿を取ることができるのは「武士階級や富裕な商人・庄屋などにのみ許された特権」になっていった。そして女子が労働力の担い手となり「あらゆる家業が女から女へと受け継がれる」ようになる。江戸城でも3代将軍徳川家光以降、将軍職は女子へと引き継がれそして、大奥は将軍の威光の証であるがごとく、希少な男子を囲い美男3000人が将軍に仕える男の城となっていた。
久々に少女漫画にはまった
正確には「少女」漫画ではないような気はしますが、それはさて置き、「ちはやふる」以来、少女漫画に久々にはまりました。少女漫画って、たまにこうやって大当たりがあるから侮れません。
日本史には疎い
私は恥ずかしながら日本史には疎いです。
昔、横山光輝の漫画、「三国志」にドップリはまったので、日本史より三国志の方が圧倒的に詳しいくらいです。日本の戦国時代や徳川幕府に関しては、大雑把な流れは把握している程度です。織田信長が天下を目指し、臣下の豊臣秀吉が後を継ぎ、徳川家康で江戸幕府を開く。この辺のざっくりした流れは大体把握はしています。
この漫画のタイトルである大奥に関しては、ほぼ何も知りません。将軍の側室候補を何百人も集めた団体、場所だという程度にしか理解しておらず、大奥に関するドラマも一つも見た事がない有り様です。
そんな大雑把な日本史しか知らず、大奥に関しては何も知らない私がこの漫画を読んで、ここまで面白いと思い、はまるとは予想外でした。特に最優先で読む物もないですし、取り敢えず評価が高く有名で、既刊10巻程度で丁度良いから読んだだけなんですけどね。
一番心配していたゲイ臭さはそれほどなかった
実は一番心配していたのはゲイ臭さでした。「おおきく振りかぶって」と言う漫画も、作中に終始漂うゲイ臭さで断念しました。ゲイの成分が強いと申し訳ないですが私には無理です。個人的嗜好なんでこの辺は勘弁して下さい。そんな私が読んでも、そこまで拒否感を抱くようなシーンはなく、違和感なく楽しく読めました。
最初の水野編で、男同士のキスシーンはある物の、直接的な描写はこれが一番だったかも知れません。その後も男同士でベッドインするような描写は何回かあったのですが、全て直前で場面が切り替わるので、ゲイが苦手な私でも問題なく読めました。
虚実織り交ぜた漫画
この大奥は、虚実織り交ぜた話になっており、基本的に史実に沿って話は進んでいきますが、赤面疱瘡や男女逆転の世の中など、この作品独特の設定でアレンジし、変化球を入れてくるので非常に面白いです。
歴史を知らない人には勉強になりますし、知っている人にはこう来たかと、ニヤッとするような話なんじゃないでしょうか。
ちなみに、こういった虚実織り交ぜた漫画は、「これは本当か?」と思ったら検索すると、より一層見識が広まり、漫画を読むのも面白くなります。例えば、作中に出てきた「左様せい様」。これは本当なのかどうか検索すると…。
徳川家綱
「文武太平記」に拠れば、家綱は温厚な人柄で絵画や魚釣りなど趣味を好み、政務を酒井忠清をはじめ老中らに任せ自らは「左様せい」で決裁していたことから「左様せい様」という異名が付けられたという。この逸話は家綱自身が幕政指導者としての指導力を発揮できず忠清の専制を示すものとしても引用されているが、辻達也や福田千鶴らは幕政の意思決定における将軍上意の重要性を指摘している。
いたんですね。左様せい様。
この左様せい様の話が実に哀しいんです。これも男女逆転だからこそ起こる話でした。
主人公はいない
読んでいて一番驚いたのは、主人公がいない事です。
主人公がいない漫画は古今東西数多くありますが、ここまで主役を絞らない、完全な群像劇は少し珍しい気がします。それまでピックアップされていた中心人物が、あっさり打ち首にされたりしますからね。これは歴史物ならではですね。しかし、この辺は肌に合わない人がいるかも知れません。
最初に読み始めたとき、てっきりこの水野という男が主人公でずっと行くのかと思ったのですが、かなり早い段階で水野がいなくなり、過去に戻って大奥の成り立ちの話になったので驚きました。
こういった群像劇には良い面もあります。ダラダラ一つの話をやらず、テンポ良く次から次に新しい話に行くので、飽きずにサクサク読めてしまいます。
「へうげもの」に似ているかも
作風や方向性はまるで違うのですが、山田芳裕の漫画、「へうげもの」に、ある意味似ている気がします。
- 基本的には史実に沿っている
- 虚実織り交ぜた漫画
- 日本史の漫画
- 時代がサクサク進む
共通点としては、以上のようなことが挙げられると思います。どちらかが好きなら、もう一方も楽しく読めるんじゃないでしょうか。
絵柄は馴れる
男性が少女漫画を読む際の最大のハードルは絵柄じゃないでしょうか。少なくとも私はそうです。
細すぎる線。ほうれい線を2、3本書いただけの年寄り。動いているように見えない絵。綺麗すぎる男性。勿論、例外もありますが、少女漫画で私が気になるのはこの辺りです。
この大奥はどうかというと、実は概ねこのような「一般的な少女漫画の絵柄」が当てはまっています。誤解の無いように書いておくと、決して下手だと言っているわけではなく、あくまで男性から見て気になるという事で、女性から見れば少年誌、青年誌の漫画に気になる所、言いたい事はあるでしょう。しかし、大奥の少女漫画的な絵柄は、男性でも読んでいれば馴れていく程度の物なので、特に気にしなくて良いかと思います。
ちはやふるの絵柄まで行くと、上手すぎて少女漫画的な絵柄がどうとか、そんな枠組みどうでも良くなっちゃうんですけどね。
大奥の面白さの肝
大奥の話の面白さは何なのか、まだ読んでいない人に少し説明したいと思います。
女性と男性の比率が4:1になり、本来起こるはずのなかった様々な事象が起こります。歴史上の人物が女性だったら…なんて漫画やアニメが昨今ありますが、この大奥はそんな単純な物ではなく、男性が極端に少なくなってしまった事による、社会の変化そのものが面白さの肝なんです。
(1)男性が極端に大事にされる
赤面疱瘡で男性の75%が死んでしまう事から、男性は大事にされ、ほとんど働く必要はありません。男に生まれたら、ほぼ例外なく箱入り娘ならぬ箱入り息子です。
(2)女性が主な働き手になる
人口の75%が女性なので、当然女性が主な働き手になります。畑仕事も物売りも、ほぼ全ての職業が女性によって行われています。
(3)子供を産むために金で男性を買うのが当たり前
吉原は完全に女性のための遊郭になり、街の男性も女性から金で買われて抱きに行きます。(作中では、男性が抱かれると言われていましたが)親が息子を金で売るのも、ごく当たり前な世の中です。
(4)将軍の世継ぎのために大奥から男性が選ばれる
これがこの大奥の一番の肝です。
将軍の世継ぎを作るには、たった1人しかいない女性の将軍が子供を産むしかありません。当然人間の女性は犬のように1回に4人5人と1度に生めるわけではなく、ほとんどの場合1人ずつ生みますよね。しかも、妊娠してから十月十日必要です。この子が男の子なら…75%の確率で死んでしまいますから、死んだら次の世継ぎを作らなければなりません。女の子が生まれても…時代が時代ですから、様々な病気であっけなく死んでしまう事があり、その場合もまた世継ぎを作らなければなりません。
将軍が男性で、大奥が女性なら、極端な話、毎日でも世継ぎを作る事が可能なのですが、この大奥の世界では、男女が逆転しているので、女性の将軍に、男性の大奥です。そうするとどうなるか。簡単に世継ぎは作れないんです。このオリジナルの設定により、非常に面白かったり、悲しかったりする話が次々と出てきます。
更に驚くべき事に、男性と女性が半々だった時代から、女性と男性の比率が4:1なっていく過程をしっかりと描いていくので、ご都合主義だとか、思い付きだとか、そういう無粋な突っ込みを一切する必要がないんです。「その設定は面白いけど、それどうやってなったの?」なんて漫画もありますが、これはそういうことがありません。
この漫画は有名だったので、読む前から男女逆転の大奥の話だとは知っていたのですが、ここまで「こうなった過程」をしっかりやっているとは思いませんでした。ただ単に男女逆転した世界で、設定が面白いだけの漫画だと思っていたので、良い意味で裏切られました。
いくつもの完結がある
基本的に徳川幕府の将軍と大奥を追っていく話なので、時が来れば新しい将軍が生まれ、そして死んでいきます。
普通の漫画は1本の物語があり、漫画の始まりと共に物語が始まり、漫画の終わりと共に物語が終わるのが当たり前です。こんな事は言うまでも無く当たり前なのですが、この大奥では、将軍が生まれて新しい物語が始まり、将軍が死んで物語が終わります。つまり、一つの漫画の中で、いくつもの物語が見られるんです。漫画が終わるとき、面白ければ面白いほど、感慨深かったり、感動したり、笑ったり、泣いたりしますよね。その感情の高ぶりが、この大奥では何回もあるんです。
水野編があっさり終わったときは、群像劇ってどうなんだろう…と思いましたが、一つ一つの話が物凄く丁寧でクオリティが高く、次々と主人公(明確にはいないのですが、一応主人公らしいのはいます)が変わっていく群像劇は、もうこれしかあり得ないくらいに、しっくり読めるようになりました。
こんな人にお勧め
- 大奥に興味がある人
- 虚実織り交ぜた歴史漫画が好きな人
- 「へうげもの」が好きな人
万人に勧められる漫画
男性にとって少女漫画に手を出す事は少なく、そのほとんどが外れだと思います。しかし、それは少女、女性向けなのですから当然ですね。ところが、希に男性にも受け入れられる少女漫画が出現し、更にその中でも、いつも慣れ親しんでいる少年漫画、青年漫画に負けず劣らず、男性から見ても物凄く面白い漫画も出てきます。こういう漫画を見付けたときは、何とも言えぬ得した感があります。この大奥は正にそんな漫画で、読んでいて「やった!良い物見付けた!」と思ってしまいました。
これは断然男性にお勧めできる漫画ですし、日本史がテーマであり、誰しも少しは知っているテーマなので、比較的万人受けする漫画ではないでしょうか。
ちなみに、映画版の「大奥<男女逆転>」より、この原作漫画の方が圧倒的に面白かったです。と言うか、この映画版はつまらなかったです。映画版を見てつまらなかったと思った人にも、あれが本当の面白さじゃないので、騙されたと思って原作漫画の方を読んでみてとお勧めしたいです。
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