アニメ全話レビュー「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO 第25話「約束の儀式」」

今回レビューするのは、この世の果てで恋を唄う少女YU-NOの第25話です。

 

それでは早速レビューを書いていきたいと思います。

 

ちなみに、YU-NOの解説・考察は別記事にまとめましたので、気になる方はご一読ください。

 

先の展開のネタバレについては、このようにオレンジ色のマーカーで、ネタバレの始まりと終わりを注意します。重要なことを強調する黄色のマーカーとは別なのでご注意ください。

 

あらすじ

デラ=グラントを救うためにはユーノの犠牲が必要…
理不尽な事実に迷うたくやであったが、ユーノの決心を聞きデラ=グラントを救うことを決める。
そして始まった巫女の儀式であったが、儀式を妨害しようと次元犯罪者=龍蔵寺が襲いかかる…

 

みどころ

  • 400年に1度の儀式

 

感想

アマンダの華麗なる方針転換

今回は前回出た情報のおさらいに少し追加情報を加えながら始まりました。この手法は難解なアニメやドラマでも良くある手法です。

 

しかし、アマンダ以下レジスタンスはぽっと出のAI・アイちゃんの言葉をあっさり信じましたね。アマンダ達はAIだと言うことも理解出来ていないはずなので、私たちで言えば幽霊みたいなものだと思うのですが、それを全部信じてこれまでの自分たちの行動が間違っていたと180度方針転換。

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原作でも亜由美の言葉をすぐに信じたのですが、それはデラ=グラントでは絶対者である神帝・亜由美から直接話を聞いたからでした。すぐに信じたことはアニメと同じとは言え、一応ユーザーに納得させるだけの説得力はありました。しかし、今回は突然出てきたAIです。この辺りも少し唐突な気がします。

 

アマンダたちは一旦近衛兵たちに捕まり、処刑される寸前まで追い詰められるのですが、そこで現れたのが神帝。この後の儀式のためにレジスタンスの力が必要だと言って処刑を中止させます。このとき神帝こと亜由美は仮面を被って登場し、アマンダの前で外して協力して欲しいと説得していました。

 

仮面は自分の正体を周囲にも隠す目的ではなかったようです。制作者側の都合で視聴者に顔を見せられないのはわかるのですが、作中の意味付けとしては、若い女性だと舐められるからなのかなと想像していたのですがそうでもないようです。

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アマンダは解放された後、神帝に協力することを決意。アジトに戻って儀式は本当のことだったことや、儀式を行わないと世界が破滅することをを伝え協力を頼みます。そして、この仲間達もあっさり信じてすぐに協力。このあたりアニメは溜めとか苦悩が全然ありません。アニオリの話が良いか悪いかは一旦置いておいて、シリアスなシーンが全然シリアスに見えないのは異世界編になって特に目立ちます。

 

打倒神帝で何年も戦ってきたレジスタンスが、たった1,2日で神帝に協力して儀式を成功させようと一致団結する、あまりに強引なストーリー展開はビックリです。

 

原作だとレジスタンスメンバーは一切出てきませんでした。アマンダがレジスタンスのリーダーですと言われただけです。デラ=グラントの謎を知ったのも、それを理解して神帝に協力したのも、あくまでアマンダの単独行動でしかありませんでした。1人の立ち位置が真逆に変わるのはわかります。そういうこともあるでしょう。しかし、アニメはレジスタンスが何人かは知りませんが、団体全員が真逆に1,2日で意見が変わってしまいました。

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亜由美が神帝であることの面白さ

ところで、神帝の正体は亜由美でしたと言うのは前回分かりましたが、現代編のキャラがこんなところでとの面白さや驚きは大きいのですが、実はそれ以上に亜由美が神帝である面白さは良く出来ているんです。

 

現代編での亜由美を見ると、主人公たくやの憧れの女性であり、8歳年上の義理の母です。こういうラブコメや成人ゲームあるよねと言うステレオタイプのキャラ。そして、現代編で重要な三角山の謎にはほぼ関わってきません。神奈のように思わせぶりなことを言って謎が謎を呼ぶキャラでもありません。普通にゲームを進めると、多くの人が最初に攻略することになるであろうチュートリアル的なキャラでもありました。それだけに、現代編だけを見るとこの世界の謎とはあまり関係ないと思いますよね。まさにそう思わせることが、作者である剣乃ひろゆきさんの狙いだったのだと思います。

 

ヒロインの中では謎の核心から最も遠いと思われ、影が薄いとさえ言える亜由美が、まさか異世界編でこんな重要なキャラになって再登場するなんて。そのギャップに驚愕しました。重要だと要所で提示しておき、やはり重要でした…ではありません。重要だとわざと思わせないようにしておいて実は重要だった面白さ。

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これをやり過ぎると20世紀少年の友達の正体みたいになってしまうので、さじ加減は難しいのですが…。亜由美は少なくとも現代編でのヒロインである3人(亜由美、澪、神奈)の中の1人だったので、この立ち位置は十分納得のいくものとなりました。

 

儀式のことを全て知っているユーノ

儀式に関しては全てユーノは知っていました。おそらく巫女は次元の彼方に飛ばされて助からないこと。助かるとしても他の世界に飛ばされてしまい、それも100億分の1程度の確立であること。しかし、ユーノがやらなければどのみち世界は消滅してしまうので、たくやが説得する必要もなくやる決意を固めていました。

 

ちなみに、原作ではここでユーノに最後のお願いとねだられて致します。…そう、近親相●です。いくら1996年発売の成人ゲームで規制が緩いとは言え、これは結構チャンレンジャーでした。当時も一部の間ではこのことが話題になりました。

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カニバリズムや近親相●など、タブーに挑戦することそれ自体が目的だった気もしますが、これも少し考えてしまいます。娘が明日死ぬと分かって、その娘から抱いてくれと言われて抱くことは出来るのか、それは悪いことなのか…と。まあ、そんな状況は絶対と言って良いほどあり得ないとは思いますが…。あり得ないことだからこそ創作の物語で表現出来るとも言えます。こんなことをやったらそれこそ犯罪ですからね。

 

ちなみに、豆知識ですが日本では近親相●は違法ではありません。違法ではないので合法なんです。意に沿わない場合がほとんどなので、レ●プや暴行のの罪状で逮捕されますけどね。

 

最初のユーノと繋がった

亜由美は次元の彼方に飛ばされ、100億分の1くらいの確率で別の世界に飛ばされて生き延びるかもねと言っていましたが、ここで原作をプレイしている時は最初のユーノと繋がることが分かります。最初に出てきた少女が娘のユーノであることは、セーレスと子供を作って見た目ですぐにわかったのですが、どうやって…となるとここで分かるんです。アニメでも構成上はそのような造りになっています。

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プレイヤーであれ視聴者であれ、ユーノは儀式をしても助かることはここでわかります。ホッとするのと同時に、じゃあどうなってあの場面に繋がるのか…。それが気になってプレイするのを止められませんでした。早く続きが見たい気持ちです。

 

たくやはリフレクターデバイスから宝玉をユーノに渡していましたが、これでたくやはユーノの元へ飛べるんだろうなと、アニメだけを見ている方でもなんとなくわかりますよね。しかし、アニメだと宝玉セーブは最新の一カ所のみのですし、セーブしても宝玉は無くならず、ロードしても宝玉を回収するわけでもないアニオリ仕様に変わっているのですが、これはどのような扱いになるのでしょう。

 

原作だと宝玉セーブをするとその時空間に、目には見えませんが宝玉がセットされて移動出来る仕様でした。そのため、リフレクターデバイスから外した宝玉をユーノに渡したら、そこに移動出来るんだろうなとなんとなくわかります。しかし、アニメは大きな鏡を押しての宝玉セーブは、前述のように最新一カ所のみだったので、宝玉を目印にその時空間に移動出来るとの原作仕様を急に出してきたことになります。

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世界を破滅から救う儀式が公開イベントになる

神帝の亜由美がレジスタンスに協力依頼をした理由は、襲ってくるであろう龍造寺から儀式を守るためでした。しかし、龍造寺をおびき寄せるためなのか、街の真ん中で公開イベントのように儀式を始めポカーンとしてしまいました。

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舞台を取り囲む多数の群衆。その人垣を分けて神妙な顔をして登場するユーノ。…軽い、軽すぎる。全ての演出がチープです。BGMもシリアスなシーンなのに単調な音が続くだけです。BGMはずっと気になっていました。原作の曲を素直に使えば良いのに…と。

 

権利の関係なのか、それともアニオリで自分たちが作曲したものを使えば、その後他の番組などで曲が使われた場合にお金が入ってくると計算したのか…。はたまたサントラが売れることを目論んだのか。アニメのBGMは全く頭に残りません。機械が自動で作った曲のように単調です。

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この儀式の公開イベント化はやめて欲しかったです。原作だとマザーはユーノが寝ていた祭壇の後ろにある隠された部屋にありました。この密室にたくや、ユーノ、亜由美、絵理子先生、龍造寺の5人だけが登場しました。それ以外のキャラは一切出てきません。こんな密室で、しかもたった5人が2つの世界を破滅から救う攻防をやっている。この大きさと小ささのギャップがたまりませんでした。

 

たくや、ユーノ、亜由美は自己犠牲も厭わず、まさに命がけで世界を救おうとしています。しかし、そんな英雄的な行動は他の誰も見ていない、知らない、感謝もされない。そんな状況でも必死になって世界を救うために戦う姿にグッとくる物がありました。

 

このような展開はアニメやドラマ、映画でたまにあるのですが、私はこの演出が大好きです。もしかしたらその1つの要因がこのYU-NOかもしれません。世界を救うために誰も知らないところで戦う主人公たち。救った後も感謝もされないし誰も知らない。しかし世界が救われたことに安堵する。そしてエンディングへ…。この展開はたまりません。

 

横道に逸れてしまいましたが、この燃える、そして切ない展開が公開イベント化で、まるで安っぽい寸劇か茶番かという感じになってしまいました。小さい範囲で進む密室劇はそれはそれで面白いんですけどね。その辺りの面白みは制作側に汲み取ってもらえなかったようです。

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狭い範囲で世界が動く面白み

今回、原作では密室劇だった儀式が公開イベント化していました。平川監督は過去のインタビューで、「YU-NOの最後はスケールの大きな話なのに密室劇なので、アニメとしてはそこは広げるべきところ。空間的広さを表現した。」と語っていました。これがこの改変をした理由のようです。

 

密室劇とはそんなにスケールが小さいことなのでしょうか。駄目なことなのでしょうか。私は違うと思います。密室劇や狭い範囲の話だからこその面白みもあるんです。

 

例えば私の大好きなバック・トゥ・ザ・フューチャー。これはタイムトラベルをするという、本来世界を変えられるほどのスケールの大きな話でありながら、実は町1つの範囲でしか物語は起こっていません。その外の世界は一切出てきません。更に言えばマクフライ家とタネン家の話が中心です。物凄く狭い話です。

 

バック・トゥ・ザ・フューチャーは狭い話だからこそ、非常に細かい設定まで練り込まれ、映る小道具1つにまでにこだわれました。これを世界規模の広い話にしてしまうと、整合性を取らなければならない部分が数多く出てきてしまうので緻密な話は不可能でした。

 

狭い範囲の物語だからこそ細部にまで拘って作り込める。こんな話もたくさんあるんです。更に言えば、前述したバック・トゥ・ザ・フューチャーのように、YU-NOも町1つでしか物語は起こっていません。アニオリで神奈と海に行った以外、町から一切出ていませんよね。YU-NOも元々世界規模のスケールの大きな話なのに、狭い町1つの範囲ので起こっているんです。

 

「スケールが大きい話なのに最後は密室劇で…」という平川監督の捉え方はトンチンカンと言わざるを得ません。「今更そこ?」と。

 

広い世界の話にするとアラが出る、整合性を保つことが難しくなると前述しましたが、今回のことでもそうでした。帝都に数百人、数千人規模の人口が軽くいることになり、世界の終末感が更になくなりました。龍造寺が空中を飛んで思念体で襲ってきて人間に化けるオカルティックな演出になってしまいました。次元の間なるものを出し、ミニ思念体まで出し、剣での攻撃が効く矛盾が出てしまいました。ポコポコ開く次元の間に市民や近衛兵が飲み込まれるいらないシーンがありました。

 

狭い範囲の密室だからこそアラが出なかった原作を、わざわざ広場で公開イベント化してしまったことで、案の定細かい部分の作り込みが出来ていませんでした。

 

原作では完璧ではないですが、解説ややりとりに「なるほどそうなるのか」と納得出来ました。しかし、アニメでは「え?なんでそうなるの?」と言う消化不良の感想になってしまいました。

 

世界に終末感がない

今回の儀式公開イベントを見てもやはり感じましたが、デラ=グラントの終末感は本当にありません。唯一廃れているような描写は、たくやが帝都に来て食糧の配給を見たところくらいです。しかし、これって終末感や世界の危機と結びつきませんよね。あくまで食糧不足なんだな、貧困国なんだなと思うくらいです。

 

原作ではどうだったのかと言うと、以前の記事でも書きましたが、たくやがデラ=グラントに来たときから群発地震が起こっていました。頻繁に地震が起こるので、プレイヤーもまたかと思うと同時に、なにかがこの世界に起こっている『予感』がしました。このような予感や想像で物語の状況を補完出来たのですが、群発地震が一切ないため、この世界では世界規模で異変は起こっていませんし皆普通に暮らしています。

 

そして、更に致命的だったのが帝都に普通に人がいることです。それも大量にです。儀式前日にベランダから街を見下ろすたくやとアマンダが、街にともるたくさんの明かりを見て感慨にふけっていました。また、儀式公開イベントでも数百人は軽く集まっている様子。皆普通に帝都で生活を送っているではないですか。

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世界規模で起こる群発地震がない。帝都で普通に人が暮らしている。これではデラ=グラントで大事だった終末感が全くありません。原作だと世界的になにかやばいことが起こっていることがわかり、だからこそ儀式とはなんぞやと真剣に考えました。帝都なんて人口は二桁台にまで減っていると言われており、たくやが帝都を出歩いても市民に会うことはありませんでした。

 

本来、異世界編では世界の暗さが大事だったと思うのですが、それがまるで表現されませんでした。その上で儀式の公開イベント化です。世界観は勿論、儀式そのものが物凄く軽くて安っぽくなっている気がします。

 

龍造寺を追う絵理子先生

儀式公開イベントの前、龍造寺を追う絵理子先生が描写されていました。追い詰められた龍造寺は何を思ったのか壁ドン。この衝撃で隣の貯水槽(?)の水が大量に絵理子先生目がけて流れ出て龍造寺は逃亡に成功。龍造寺は身体能力こんなバケモノではありませんでした。壁ドンの衝撃で水が勢いよく噴き出すって…。

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この辺りの人間関係を見ると異世界は編面白いです。現代編では保険医だった絵理子先生が、学園長だった龍造寺を追い掛ける。これだけで現代編と異世界編の違いやストーリーのぶっ飛び方が分かります。

 

現代編と異世界編ではまるっきり違う物語に変貌したことに驚きました。この辺りも本来は異世界編で初めて彼らの正体がわかることなので、驚きもひとしおでした。しかし、アニメではかなり早い段階で絵理子先生が次元捜査官であり、龍造寺が次元犯罪者だとネタばらししてしまいましたからね。この辺りのギャップや変貌に驚く度合いはかなり少なくなってしまいました。

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絵理子先生はアニメだと龍造寺を目の前にして追い詰めて逃げられてばかりです。いったんは拘束されている龍造寺を目の前にまでしたのに…。警察だったら間違いなく失点でマスコミから叩かれている事案でしょう。

 

龍造寺は追い詰められた時、事象を3つ消滅させていると絵理子先生から言われていました。正確には事象ツリーの消滅なので世界を滅ぼすより悪質で、宇宙のそれよりも根源的な事象を消滅させたってことですね。

 

儀式イベント開始

儀式公開イベントですが、神帝の亜由美は民衆に食糧危機や襲ってくる怪物の襲撃に終わりを告げると言っていました。つまり、世界の危機であることはそうなんですね。そうであるなら、群発地震を出して定期的にこの世界には何かが起こっているぞと演出しておけば良かったと思うのですが…。

 

たくやとアマンダが帝都に入る前、ボーダーの怪物の死骸が大量にありましたが、あれは世界の危機を演出していたんですね。わかりづらいです。そんなところで変な改変をするなら、素直に原作通り地震で良かったじゃないですか。

 

そんな儀式の中、当然龍造寺は襲ってきます。最初は思念体として襲ってきたのですが、すぐに人間になっていましたが、この辺りアニメはどうなっているのでしょう。原作だとあくまで龍造寺の肉体の中に入っているものが次元犯罪者であり、アニメのように自由自在に思念体と人間で変身出来るわけではありませんでした。

 

ちなみに、龍造寺は前神帝です。亜由美が来る前の時間のデラ=グラントに飛ばされて神帝をしていました。神帝の酷い噂が立っていたのは、圧政を敷いていた龍造寺のせいです。

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ここでは龍造寺が事象を消滅される理由を語っていました。端的に言うと『暇潰し』です。龍造寺の中の思念体は永遠に近い時間を生きられるので時間が余りすぎて暇。だから事象を消滅させてやろう…と。しかし、シリアルキラーも『殺したいから殺す』なんて言いますし、さもありなんと思わせます。

 

儀式の最中、次元の間が開き、そこからミニ龍造寺のような思念体がワラワラ出てきて襲ってきました。当然アニオリです。ここで驚くべきことは、その思念体に剣での物理攻撃が効いていること。アマンダやデオ、カーツなど普通に剣でぶった切って霧散させていました。思念体の意味とは…。じゃあ龍造寺の思念体も物理攻撃が効くのでは?と思ってしまいます。このようなアラが見ていてパッと出てくるのは良くない物語の1つの証拠です。深く考えなくても「え?」と疑問が湧いてしまいました。

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龍造寺が襲ってきたところで、亜由美側は用意していたバリアを出します。それはまあ良いのですが、何故周りのたくややアマンダは傍観しているのでしょうか。以前拘束していた場所のバリアは人間には無害で素通り出来ました。危険な龍造寺が亜由美の目の前にいるのですから、たくやたちは助けに行くべきだと思うのですか…。それどころか何故かたくやは亜由美と龍造寺が対峙している様子を見て笑っている始末…。わけがわかりません。殺されたらおしまいじゃないですか。

 

亜由美と神帝が対峙しているところを見て笑っているたくや。これまでの記事で何回も書いてきたように、この様子を見てもやはりこのアニメはキャラの心情や状況など全然考えてないで適当なんだなと思わざるを得ません。そこで龍造寺にブスッと刺されたら亜由美は終わりなのに何故たくやは笑っているの…。ちなみに、何故バリヤで龍造寺を閉じ込めたかというと、事象衝突したときにその場にいたらお前も生きていられないだろ…とのこと。まあ平気なんですけどね。

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シンクロまでのカウントダウン

ユーノがマザーのシンクロした際、マザーが「完全シンクロまで1500秒」などと言っていました。地味にこれも原作と違います。原作だとこのカウントダウンは「限界半径突入まで910秒」と言って、それまでにユーノがシンクロしなければ、事象衝突は回避出来ませんとのタイムリミットを示すものでした。

 

完全シンクロとはアニオリなので次回を見ないとわかりませんが、ユーノとマザーが完全にシンクロするまでに掛かる時間と言うことなのでしょうね。原作では完全シンクロのカウントダウンはありませんでした。

 

『ユーノが完全にシンクロ出来るまで900秒』、『事象衝突が回避出来るまで900秒』。この2つだと圧倒的に後者の方が緊張感があります。ただ、このままユーノがシンクロして終わりとはならないはずなので、後者のカウントダウンも次回やるのでしょうか。しかし、同じようなカウントダウンをまたやるとは思えないので厳しそうです。

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アマンダが異次元に飛ばされた

次元の間がポコポコ広場に開いては閉じをしていましたが、その1つにアマンダが飲み込まれてしまいました。硬いであろう敷き詰められた石畳に刀がサクッと突き刺さったのには笑ってしまいましたが…。

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アマンダはアニメだと飛ばされた後、龍造寺が「我々のように異なる世界へ飛ばされたか…」と言うだけでした。しかし、原作だと龍造寺がマザーを操作し、強制転移させて「ざっと、50年ということろか」と呟きました。で、この50年とは神奈が境町の写真に写っていた時代と合致しますよね。そこでプレイヤーは「神奈は自分の娘だったのか!」と気付くんです。

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何故アニメではこのように50年というわかりやすい数字を出して、アマンダが神奈の母親だと提示しなかったのか。多分、次回ハッキリとその様子をやるのだと思います。

 

原作だと状況や龍造寺の発言から考えると、自ずと答えが分かる仕組みでした。アマンダが神奈の母親なんて一切触れられません。この『50年』の部分でプレイヤーがわかるだけです。『明言されたわけではないけど、きちんとプレイしていた自分はわかったぞ』感はニンマリします。

 

原作をプレイしていれば誰でもわかるのですが、自分が答えを導き出した特別感、優越感。しかし、おそらく次回ハッキリこの描写をやってしまう思います。何故なら龍造寺が重要な50年を言わなかったからです。この50年発言がないと神奈の母親がアマンダと確信が持てません。だからここを補完しなければならないんです。

 

異世界編は何が面白いのか?

異世界編は作者の剣乃ひろゆきさんが言うとおり未完成だったのは事実です。なにせそれまで無数の選択肢があった状態から、まさかの最後まで選択肢ゼロですからね。

 

確か異世界編はにゲーム性が皆無です。異世界編だけ見るとゲームと言って良いのかどうか…。なので、YU-NOは大好きだけど異世界編はちょっとね…と言う方も少なくないと思います。賛否両論分かれることは承知しているのですが、私はそれでも異世界編が好きです。

 

お話自体が私は面白いと思ったのも1つなのですが、なんと言っても現代編で出たあらゆる伏線が異世界編でどんどん回収されていくこと。これがたまりませんでした。それまでバラバラだったパズルのピースが次々と填まっていく気持ち良さと言ったら良いでしょうか。

 

さらに面白いことに、前述したようにアマンダが神奈の母親だなんて一言も出ていないのに、プレイしているとそれを自分で理解出来る仕組み。このパターンも多いんです。この『自分で謎を解いた感』に優越感でニンマリしました。「俺は分かったぞ!」と。まあゲームをやっていれば誰でもわかる造りなんですけどね。この造りの良さは物語として最上級だったと思います。

 

アニメは絵理子先生が次元捜査官であることや龍造寺が次元犯罪者であることなど、回答を先に見せてしまっているので、本来異世界編でドッと襲ってくる伏線がカチリと音を立てて繋がる快感はほとんどなくなってしまいました。

 

総評

今回もアニオリが一杯でしたが、異世界編でも屈指のアニオリ炸裂回だったかもしれません。

 

  • 儀式を公開イベント化したこと
  • 帝都に人がたくさん住んでいるいること
  • 龍造寺の思念体が飛んで襲ってきたこと
  • 次元の間が登場したこと
  • 次元の間から思念体が大量に出てきたこと
  • アマンダが飛ばされた時に50年発言がなかったこと

 

異世界編は現代編よりもアニオリ満載です。平川監督へのインタビュー記事で、異世界編は未完成と発言していたことがありましたが、その未完成部分を自分が完成させてやると意気込んで変えているのでしょう。しかし、個人的には原作は大筋の話としては完成していると思います。資金と時間がなくて異世界編はA.D.A.M.Sが出来なかったことが主な未完成部分だと思うんですけどね。

 

次回は遂に最終回です。自分で言うのもなんですがよく半年もこんなアニメ見続けたなと…。以前の記事で書いていますが、別にこのアニメ化失敗に怒ってはいません。ガッカリ6割、呆れが4割と言ったところ。怒ったたところでどうにもなりませんから。

 

1番損をしたのはアニメでYU-NOを知った方だと思います。原作のゲームはA.D.M.Sという分岐マップ、セーブとロードをゲームの話に組み込んだ画期的なゲームシステムが面白さの肝でした。そして、ストーリーでは驚き、謎、伏線とその回収が面白い部分でした。ところが、アニメを見た方は神帝が亜由美であること、絵理子先生が異世界でお助けウーマンとして出てくること、アマンダが神奈の母親であることを知ってしまった状態です。

 

結末や謎を全て知っている状態でゲームのYU-NOを楽しめるかと言うと…まず無理です。なにせストーリーで重要な『驚き』がないのですから。この部分はアニメは罪なことをしたなと思います。

 

しかし、改めてYU-NOを見て原作と比べながら記事を書いていますが、やはりこれはとんでもない話です。少し前まで地球の現代で女の子のお尻を追い掛けていた主人公たくやが、数年後には2つの世界を破滅から救うかどうかの戦いに巻き込まれているという…。

 

物語の主人公に自己を投影して感情移入するタイプの方にはたまらない話の流れです。最初は平凡などこにでもいる主人公。それがどんどん巻き込まれていき、果ては世界を救うなんて話は少なくないのですが、この系統で出来が良いものだと、まるで自分がその立場になったようにシンクロしてたまりません。

 

こんな人にお勧め

  • タイムトラベル、タイムリープものが好きな人
  • 異世界ものが好きな人
  • 壮大な話が好きな人

 

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