目次
あらすじ
日刊エブリースポーツ記者の松田は、ある日、ひったくり犯人を見事な巴投げで投げた少女を目撃する。彼女の名は猪熊柔。過去に全日本柔道選手権を五連覇した猪熊滋悟郎を祖父に持ち、卓越した柔道センスを身に付けた女子高生である。しかし、彼女の願いはあくまでも“普通の女の子"。そんな彼女に祖父・滋悟郎は、オリンピックでの金メダル、さらには国民栄誉賞を目指せというのだ(第1話)。
頭を使わない浦沢漫画
20世紀少年やMONSTER、BILLY BATで、頭を悩ませたりシリアスな漫画を描いている浦沢直樹さんですが、このYAWARA!は全く頭を悩ますことがなく、軽妙に話が展開していく柔道漫画であり、ラブコメ漫画です。
今更説明不要の超ヒット作なのですが、アニマックスで放送しているのをたまたま見て、ストーリーをほぼ完全に忘れていたため、久々に読み直しました。折角ですからレビューしておきます。
パートは三つ
このYAWARA!は大まかに分けて三つのパートに分かれます。高校時代の柔。大学時代の柔。社会人時代の柔です。
高校生編
高校生編は、無名だった柔が徐々に有名になっていき、柔道界の救世主、そしてアイドルに駆け上っていく様が描かれています。また、柔道をやりたくない柔と、柔道をやらせたいお爺ちゃんの攻防が主なテーマでもありました。柔道の試合もそれほど多くありませんし、試合自体の描写も淡泊で、柔道をテーマにしてはいますが、柔道の試合より、嫌がる柔がどうやって柔道の世界へ入っていくかに重きが置かれています。
ちなみに後述しますが、このパートはやたらパンチラやブラチラのサービスショットが多いです。おそらく初期は、読者の目を引くためにやったんでしょうね。大学生編からはパッタリなくなりました。
大学生編
大学生編も高校生編から引き続き、柔とお爺ちゃんの攻防があります。普通の女子大生ライフを送りたい柔と、柔道に力を入れて欲しいお爺ちゃんの相変わらずの構図です。また、この大学生編では、親友となる富士子さんとの出会いや、新設した柔道部の個性豊かなキャラクターとの絡みがあり、高校生編より話の幅が広がり、面白さが増しました。高校生編、大学生編、社会人編の三つのパートの中では、個人的にはこの大学生編が一番好きです。
虚弱体質なので体を丈夫にしたいキョンキョン。豊満なボディ過ぎていつも痴漢に遭っているので護身術を学びたいマリリン。男にフラれまくっているので男を投げ飛ばしてやると意気込む南田。ダイエットのために入る巨漢の四品川小百合。そして親友であり、のちのメダリストとなる富士子さん。
高校生編ではひたすら柔にスポットが当たっていたのですが、この大学生編になって、初めて仲間と呼べる者たちが登場するので、一気に物語の幅が広がりました。個性豊かなキャラクターが集まっていく様は、さながら特攻野郎Aチームのようでした。
社会人編
社会人編では柔道の実績も名声も手に入れ、柔の柔道の話より、脇役にスポットが当たった話や、柔や周りのキャラがどう人生に決着を付けていくかの話に重点が置かれています。柔に関しては、風祭を取るのか松田を取るのかですね。
柔が社会人になったので、方向性も少し変わりました。今までは柔道をやりたくない柔とやらせたいお爺ちゃんの攻防が比重の多くを占めていたのですが、社会人編ではそれが大学生編より緩やかになり、社会人としての仕事と柔道の両立の難しさや、風祭と松田の間で揺れる話が多くなりました。
この手の二つのことをやる話だと、細野不二彦さんがもの凄く上手く、太郎なんかはこのYAWARA!と内容の土台が酷似しています。太郎はボクサーをやりながらサラリーマンをやる話なので、このYAWARA!の柔道+社会人の二つの顔を持つ話と共通点が非常に多いです。
また、この社会人編はバルセロナオリンピック編とも言えます。ソウルオリンピックでは、女子柔道は公開競技で正式種目ではなかったので、かなりあっさりと終わりましたが、このバルセロナオリンピックでは濃密に大会が描かれています。そしてなんと言っても、本気の柔が見られるのは、このバルセロナオリンピックだけなんです。これは長くなるので後述します。
柔道+可愛い女の子+ファッショナブル
この頃の柔道界は作中でも出てくるように、女子はオリンピックの正式種目になっておらず、まだまだマイナー競技でした。また、柔道と言えば汗臭い、男臭いとのイメージが根強く、このYAWARA!の「お洒落で可愛い女の子が柔道をする」とのミスマッチの漫画はかなりの冒険でした。今でこそ女子柔道に可愛い子がいたりしますが、そもそも女子柔道自体世間に広く認められていない時代で、なおかつそこに可愛い女の子。そして更にファッショナブルを取り入れた意欲作でした。
この「可愛く」「ファッショナブル」とのコンセプトは、漫画の表紙を見れば一目瞭然です。表紙にハッキリと「Lovely and cute Miss YAWARA is a fashionable judo girl」と書いてあります。最初からお洒落な作風を目指し、可愛い女の子が柔道をやることが売りだと決めていたことが窺えます。結果的に世のお洒落さんたちに見付けられ、認められ、後からお洒落の評価が付いたわけではないんです。
漫画に限らないのですが、こういったミスマッチの組み合わせは、時にもの凄く面白くなる化学反応を起こします。例を少し挙げると、最近ではダンジョンRPGとグルメのダンジョン飯や、戦国時代とグルメの信長のシェフなんかでしょうか。
パンチラ
初期のYAWARA!は、これでもかというほどサービスショット満載です。パンチラ、着替えシーン、お風呂シーン。今の浦沢直樹さんからは信じられません。また、サービスシーン以外でも、軽いノリの展開が非常に多いです。重い話やどんよりする話はほぼありません。父親が家出をして行方不明とのことくらいですが、ここも現実味のない修行要素が入っているので、それほど深刻に受け取ることもないかと思います。
ちなみに、1巻だけでこれだけのサービスシーンがありました。これだけで言うわけではないのですが、本当に今の浦沢直樹さんの漫画とは作風が違います。
浦沢直樹さんの漫画は、代表作の20世紀少年のように、頭を悩ませる伏線がいたるところに散りばめられていて、思わせぶりな演出が非常に多く、あれはなんだ、これはなんだと頭を悩ませる漫画のイメージが強いのですが、YAWARA!の頭を一切使わないスポーツラブコメもまた良い物です。個人的にはこういった作風の方が好きかも知れません。どうせ浦沢直樹さんは、伏線を出すだけ出して回収しないことが分かっているので…。
バブル臭
YAWARA!の連載時期は1986年から1993年なので、いわゆるバブル真っ盛りの時期でした。バブル景気は、1986年12月から1991年2月までの51ヶ月間なので、本当にYAWARA!の連載時期とピッタリ被ります。そのせいか、作風や作中に出てくるファッション、空気感、色使いなんかがまさにバブルとの感じでした。
漫画だと上のような辺りが分かりやすいかと思います。分かるでしょうかこの感じ。原色系の明るい色使い。ポップな感じ。浮かれている空気感。アニメだとフルカラーですし、オープニングやエンディングの演出、仕草、ノリなんかがまさにバブルで更にわかりやすいです。
永井真理子さんの「ミラクル・ガール」が、YAWARA!の曲では一番有名なのですが、個人的には2番目のオープニングである、今井美樹さんの「雨にキッスの花束を」にバブル臭を最も感じます。 特にパラソルを持って立つ男性たちの前を通る柔のシーン。このような絵は、バブルの頃嫌と言う程見た気がします。
柔は尻が軽い
柔は尻が軽いです。イケメンの風祭が迫れば、顔を赤らめてすぐに墜ちそうになりますし、松田が親切にしてくれても、顔を赤らめてモジモジしちゃいます。ヒロインがここまでお手軽に男に惚れちゃうのは珍しいです。
男性読者向けの漫画では、ヒロインは身持ちが堅いのが基本なんですけどね。ただし、惚れっぽくて風祭にいつもうっとりしているにも関わらず、最後まで貞操は守ったので、その辺はやはり男性向け漫画の王道でした。
アニメの話になりますが、ヒロインの柔の声を皆口裕子さんが当てたのですが、これがまさに填まり役でした。おそらくアニメ史上でも歴史に残るくらい填まっていました。普通、漫画がアニメになる時は、漫画を読んでいた人それぞれに声のイメージがある程度できているので、違和感がありつつも、アニメを見ているうちに慣れるのが大抵のパターンだと思うのですが、このアニメに関しては、最初から違和感が全くありませんでした。この頃、あまりにも声が可愛いので皆口裕子さんが注目されました。
風祭は実際に手を出す
こういった漫画では、ヒロインと恋仲になる可能性のある男性が、他の女性に手を出すことは希なのですが、風祭はさやかお嬢様の友達などに手を出しまくります。ハッキリ言うと最後までやっちゃうんです。この手のキャラは、せいぜいデートまでで、最後までやっちゃうことは少ないんですけどね。そういう意味で風祭は珍しいキャラでした。
他の女性に最後まで手を出しちゃうキャラであり、それは明確に最初から描写されていたので、どう考えても風祭と柔がくっつくことがないのは最初からわかりました。めぞん一刻で響子さんと三鷹さんがくっつくわけがないと思うのと同じなので、漫画の面白さには全く影響ないから問題ありませんけどね。風祭は話が進むにつれて、往生際が悪くみっともなくなるのが少し残念でした。声優が同じであり、同じような二枚目キャラであり、ヒロインを取り合うめぞん一刻の三鷹さんとは全然違います。
いやらしいキャラ
風祭と共に、というか風祭以上にいやらしいキャラがこのYAWARA!にはいます。そう、松田の相棒カメラマンの邦子です。これはもうYAWARA!を読んだ人なら納得してくれると思います。このYAWARA!の中でぶっちぎりでいやらしいキャラです。エッチな体をしているという意味と、性格が悪いという意味の両方ありますが、主に後者の性格が悪い方です。
人を殺したり、暴力的との意味での嫌なキャラではないのですが、本当に底意地が悪くて、恋のライバル(と邦子は思っている)柔にあることないことを吹き込んで、松田を諦めさせようとします。それが本当にいやらしくて、頼まれた手紙を渡さない、伝言をわざと曲解して伝える、松田と結婚すると嘘を言う、松田が柔へ近付いているのはあくまで仕事だからと吹聴する。姑息で底意地の悪い言動は枚挙に暇がありません。また、浦沢直樹さんの描く邦子の表情がまた憎らしくて…。
こういったお邪魔キャラは恋愛が絡む話では必須なのですが、憎らしいキャラをきちんと憎らしく思えるように描けるのは、やはり浦沢直樹さんの技量なんでしょう。まんまと嫌なキャラを鬱陶しいなと思いながら読んでいる自分がいますからね。
富士子さんは天才
ここから先は、話の核心、要はネタバレがたくさんあります。万が一まだ読んでいない人で、このYAWARA!に興味を持ち、後で漫画を読もうと思っている方は、この先の感想は読まない方が良いと思います。
作中で柔は天才と言われているのですが、確かに天賦の才はあるものの、物心ついたときからお爺ちゃんに猛特訓をさせられてきたので、柔の強さは日々の鍛錬の成果でもあります。ところが親友の富士子さんは、柔道を始めてすぐに実力を見せ始め、柔道歴1年未満で世界選手権無差別級4位。4年弱でなんとオリンピックに出場し銅メダルを取ってしまいます。バレリーナ時代に培った足腰の強さや運動能力、体の柔らかさの下地はあるものの、全くの別競技でこの短期間に世界トップレベルにまでなるというのは、富士子さんこそ柔道の天才なんじゃないでしょうか。
面白さの最大の要因は富士子さん
大好きなキャラなので、もう少し富士子さんの話を続けます。
この漫画では柔は登場時から無敵でした。無敵の選手がただ勝つだけでは面白くありません。勝つのが当たり前なのですから。ではどうするかといえば、無敵の主人公に足枷(障害)を付けたりハードルを設定して、実力以前の段階で苦戦させることです。
わかりやすい例だと、ドラゴンボールの悟空ですね。悟空はいつも修行して強くなってくるのに、時間通りに来ず、仲間がピンチになってから現れたり、病気になって実力を出せない状態で戦わせたりしています。これが足枷やハードルです。
また、キャプテン翼の若林もそうでした。ペナルティエリア外からのシュートは絶対に入れられないとのチート設定を作ってしまったため、普通に試合に出したのではチート過ぎてシーソーゲームになりません。それではどうするか。チームメイトと喧嘩させて出られないようにしたり、怪我をして実力を発揮できないようにしました。
YAWARA!もこのパターンを踏襲していて、その顕著なものが「柔道はやりたくない」との気持ちと、お爺ちゃんとの攻防です。時には松田が来ないことによる精神的な不安で、実力が出せないなんてこともありました。しかしこれだけで引っ張るのも限界があります。そこで登場するのが富士子さんなんです。
スポーツ物語で何が面白いのかと問われれば、私個人的には「成功の階段を駆け上がっていく様」です。簡単に一言で言うと「サクセスストーリー」です。柔の場合、実力はもう登場時点で最強だったので、努力で駆け上がっていくサクセスストーリーはやりようがありませんでした。そこでこの部分を補ったのが富士子さんなんです。
富士子さんの話は、バレエの下地はあったものの、努力と根性で一つずつ階段を駆け上がっていく、まさにサクセスストーリーの王道になっていて、天才主人公物では物足りない、駆け上がっていくワクワク感を存分に感じさせてくれました。この富士子さんがいなければ、YAWARA!はここまで人気が出なかったんじゃないでしょうか。
この「成功している」柔と、「成功していく」富士子さんの構図も、面白くする要素としてはパターン化しています。宇宙兄弟もそうです。宇宙兄弟は、既に宇宙飛行士となり「成功している」弟の日々人と、無職でうだつの上がらない兄六太の「成功していく」物語を同時進行で見せることにより、物語に幅も深みも出て、一粒で二度美味しい物語に仕上がっています。このYAWARA!も、二人の主人公ともいえる柔と富士子さんの話があることにより、全く違う立場の二人の物語を見られるので2倍お得なんです。
また、これも富士子さんに関連するのですが、三葉女子短大での柔道部の話も、いわゆるスポ根のお約束が満載で非常に面白いです。個性豊かなキャラが集まり、実力がなく、目的意識も低かった彼女らが、次第に柔道の面白さに目覚め、負けることの悔しさを覚え、そしてやっとの思いで勝ったときの感動と言ったら…。この三葉女子短大の柔道部パートだけでも、十分スポ根漫画の体を成しており、そこだけで何度涙ぐんだことか。
私は読んでいて、ワクワクする話や感動する話は、柔のエピソードよりも富士子さんのエピソードの方が圧倒的に多かったです。これが私が富士子さんというキャラクターが好きな理由です。
バレリーナへの夢が挫折し、無気力になっているところで柔の試合を見て勇気をもらい、その柔と大学で同級生になり、影響されて柔道を始め、バレリーナ時代の下地を生かしメキメキと実力を付け、成功への階段を駆け上がっていく。ある意味柔よりスポ根物の主人公らしいです。
花園にも活躍の場がある
富士子さんのエピソードに深く絡んでくるのですが、完全な脇役であり、弱小柔道部の主将だった、決して柔道が強くない花園にも活躍の場があるのが、また物語を面白くしていました。
面白い漫画の重要な要素として、脇役が魅力的というのもあります。またそこから先に進んで、その重要な脇役のサイドストーリーが充実していて面白いと、更に物語全体に幅や深みが出て格段に面白くなると思っているのですが、富士子さんや三葉女子短大の話などでもこれまで触れてきたように、YAWARA!はこの部分でもほぼ完璧だったんじゃないでしょいうか。むしろ柔主役のエピソードより、脇役のストーリーの方が熱く、面白かった印象すら受けます。
この脇役のサイドストーリーが充実している漫画で私が真っ先に思いつくのは、満田拓也さんの健太やります!です。これはYAWARA!以上に脇役のエピソードが満載で充実していました。高校バレーボール部2年間の物語だったため、脇役がコロコロ入れ替わることもなく、長いこと同じメンバーでの話が展開されるので、脇役にスポットが当たるのは当然の作りでしたが、それにしても脇役の話が面白かったんです。
花園のエピソードは、スポ根物定番の努力と根性で自分の限界まで頑張る話なのですが、話の切っ掛けや流れに無理がなく進むので、いつのまにか花園主役の漫画に移行していたような感じでした。話を読ませる展開が非常に上手いです。
さやかお嬢様
1巻から柔のライバルとして登場していたさやかお嬢様ですが、最後の体重別選手権では、初めて柔と互角に戦うことができました。それまでは何度戦っても短時間での一本負けで完敗だったのですが、最後のこの戦いでやっとまともな勝負になりました。
最後に柔が「楽しかった」とさやかお嬢様に言ったことで、さやかお嬢様と本気の試合をしていない、敵ではないと受け取る人もいるようですが、柔が柔道を楽しいと思うのは、本当に強いと認めた人との試合でだけなので、柔が相手に楽しいと言うことは、さやかお嬢様が強かった、強いと認めたってことなんですよね。
もうだいぶ昔の漫画なで、記憶が薄れている人の中で、この「楽しかった」との言葉だけが印象に残って勘違いしている場合が若干見受けられますが、その後に風祭がこの楽しかったとの言葉の意味をきちんと説明しています。
昔の仲間
主人公が世界の舞台で戦うとき、昔戦ったライバルたちや、苦労を共にした仲間たちが、それぞれの立場から主人公を応援する。スポーツ漫画あるあるなのですが、これがグッとくるんです。
世界のトップで戦う晴れ舞台に上がれるのはほんの一握りの人間です。ほとんどの人の場合、どんなに夢を持っていても実力があっても、普通に社会人になり普通に生活しています。その中で嫌なことや苦労もあります。そのようなそれぞれの立場から、それぞれが主人公の必死に戦う姿を見て応援する。自分に当て嵌めて、自分は何をやっているんだと発奮する。
本当にこれはスポーツ漫画で良くあるのですが、ある意味主人公は対戦相手の夢を潰して今の立場にいること。それによって背負う物があることなどが思い出されて、主人公が戦うその舞台の大きさや責任が際立ちます。また、それまでの主人公のストーリーが、読者の頭の中に走馬燈のように蘇ってくるので、スポーツ漫画のクライマックスには、なくてはならないシーンの一つと言っても過言ではないでしょう。
このシーンで凄いと感心したのは、左上のセリフ「一世一代のズッコケ同心見せてやらあ!!」です。これ、YAWARA!を読んでいない人には意味不明でしょう?もしかしたら遙か昔に読んでもう忘れてしまった人も「なんだっけ?」と思うかも知れません。このセリフだけ見るととても感動するようなセリフではないですし、一体どんなシチュエーションなんだって感じなのですが、YAWARA!を最初から読んでこのシーンを見ると、このセリフで「頑張れ!」と涙ぐんでしまうんですよ。
初めてYAWARA!を読んだときは、こんなふざけたセリフで感動する自分に笑ってしまいましたよ。そして、こんなセリフとシーンで感動させるとはなんて漫画だと感嘆しました。ここは何故こんなセリフで涙ぐむほど感動するかは敢えて説明しません。是非とも読んでください。忘れてしまった人は読み直してください。
柔唯一の本気
実は柔が本気で柔道をしたのは、このバルセロナオリンピックの無差別級だけなんです。正確に言うと、「ベストコンディションで本気で柔道が”できた”」でしょうか。
今までの柔は、やりたくない柔道を無理矢理お爺ちゃんにやらされてモチベーションが低かったり、そもそも相手との実力差がありすぎて本気を出すまでもなかったり、父親や松田のことで精神的に不安定なまま試合に出たりと、何かしら本気で戦えない理由がありました。しかし、このバルセロナ五輪では、風祭と松田のどちらが好きかとの自分の気持ちに決着が付き、邦子の妨害も工作だったことが分かり、父親の真意や居場所も直接話すことによって解決。今まで柔の足枷になっていた物が、このバルセロナ五輪無差別級の試合前に全て外れたんです。
柔がベストコンディションかつ本気で戦ったら物語になりませんからね。前述したように、これはドラゴンボールの悟空やキャプテン翼の若林みたいに、無敵の柔に足枷をし、相手と接戦にさせる方策だったのですが、柔道を本当はやりたくないとの理由から始まり、風祭と松田のことで揺れたり父親の問題など、バラエティに富んだ足枷で上手かったです。
伏線をきっちり回収
YAWARA!を描いていた頃の浦沢直樹さんは、伏線漫画家ではなかったものの、出した伏線はきっちり回収していました。邦子が誘拐されるシーンでも、ユーゴスラビアの世界選手権で出会ったタクシーのおじさんが再登場したり、バルセロナで邦子がそのタクシーのおじさんにあげた日刊エブリーが後に重要な役割を果たしたりしました。伏線を出すだけ出して投げっぱなしはやっていませんでした。
綺麗に終わった
このYAWARA!は終わり方もきっちりと終わりました。私が知る漫画の中では、めぞん一刻が最も完璧な終わり方をした漫画だと思っています。めぞん一刻の終わり方は、全ての登場人物に決着を付け、皆が幸せになり、後日談まで描いているので、おそらくこれに並ぶ終わり方をする漫画は今後も出てこないと思うのですが、それでもYAWARA!はそれに準ずる素晴らしい終わり方をしていました。
柔と松田の気持ちに完全に決着が付いたのは勿論なのですが、その後のアトランタオリンピックを目指す柔のシーンがあるのがまた良いんです。これは、ジャンプで良くある「冒険はこれからも続く」終わりにテイストは似ているのですが、投げっぱなしで終わったり、伏線を回収せずに終わったり、打ち切りで終わったわけではないので、これこそが本当の意味での正しい冒険は続く終わりなんじゃないでしょうか。また、柔と松田の関係は、松田が仕事でアメリカへ行ってしまったため、日本とアメリカの遠距離恋愛になりました。
今まで、柔道をやりたくない柔と、柔道をやらせたいお爺ちゃんの攻防がありました。仕事と柔道の両立で苦労したりもしました。このように「三歩進んで二歩下がる」的なストーリーでYAWARA!は成り立っていたのですが、終わり方もまたこの日常が続くことを明示して終わるんです。
アトランタに行くために仕事を頑張る柔。柔道に力を入れろと怒るお爺ちゃんとのいつもの押し問答。お金が貯まったら松田のいるアメリカへ、お爺ちゃんをのらりくらり躱して行ってしまい怒るお爺ちゃん。いつもの柔とお爺ちゃんの物語が続く様が目に浮かんでで、ニヤッとせずにはいられませんでした。
YAWARA!とめぞん一刻は、全ての決着が付いた大団円と言っていいと思いますが、同じ大団円でもこの両作品ではある意味真逆の方向性なんです。
めぞん一刻は全ての決着が付いた大団円で、なおかつ物語の終わりがめぞん一刻の終わりでもありました。この漫画が終わった後、完結後の物語の想像が付くでしょうか、可能でしょうか。答えは否です。漫画の終わりがイコールめぞん一刻の終わりであり、「その先」なんて想像できないんです。
ところがこのYAWARA!は、全てのでき事に決着が付く点でめぞん一刻と同じなのですが、完結した後の物語が容易に想像できる終わり方です。そういう意味で「冒険はこれからも続く」終わりなんです。このジャンプ方式の冒険は続く終わり、もっと端的に表現すると「打ち切り終わり」は、その名の通り、打ち切りの場合に無理矢理話を締めるパターンが多いので、消化不良の終わり方の代名詞としても使われています。ところがYAWARA!は完全に物語をやりきった上での冒険は続く終わりなので、消化不良感が全くなく、まだ見ぬ新たな柔たちの物語にワクワクしながら終わるという、最高の冒険は続く終わりなんです。
完全に解決した終わり方でありながら、なおかつまだ見ぬ柔が巻き起こすであろう物語にワクワクする。最高の終わり方でした。
どの立場から読んでいたのか
読み終わって凄く面白く大満足したのですが、読み終わってふと、「一体自分は一体どの視点から楽しんでいたんだろう」と疑問に思い考えてみました。
私は漫画や映画などの物語を見るとき、感情移入して見るのが好きです。大好きなめぞん一刻だと勿論主人公の五代君。大好きな映画のバック・トゥ・ザ・フューチャーでも、勿論主人公のマーティ。ゲームのドラゴンクエストだと無口の主人公。これらのように、主人公が男なら問題なくそのキャラに自分を重ねて楽しむのですが、今回読んだYAWARA!の主人公は女の子ですからね。当然柔に感情移入しては読んでいませんでした。じゃあ松田かと言えば、登場する頻度が主人公と肩を並べる程ではないので、松田もまた違うんです。では何を楽しんでいたのかといえば、YAWARA!の世界そのものだと思います。
柔とお爺ちゃんの柔道をやるやらないのドタバタした攻防。柔、さやかお嬢様、松田、風祭で繰り広げるラブコメ。三葉女子短大柔道部や富士子さん、花園との友情物語。さやかお嬢様、テレシコワ、ジョディのライバルたちとの熱い戦い。これら全てひっくるめた「楽しそうな世界」に入り込んでいました。だからこそ、アトランタオリンピックへの新たな物語の始まりを予感させる終わり方をしたのを見たとき、ワクワクしたのと同時に、自分にはこの先の柔の物語、そして繰り広げられる楽しそうな世界を見られないんだなと、少し残念な気持ちにもなりました。面白い物語であればある程、終わったときの喪失感は大きいです。
読んでいて楽しい
このYAWARA!は読んでいてただただ楽しいです。頭を悩ますこともなければ、あの謎はどうなったんだとモヤモヤすることもありません。ただ目の前で起こるでき事を楽しめば良いだけの実にシンプルな娯楽漫画です。娯楽漫画を狙って描いて、そしてきちんと娯楽として楽しませる。言うのは簡単ですが、これを実現したエンターテインメントは中々ありません。それを実現したYAWARA!は素晴らしいです。
ちなみに、アニメ版とはだいぶストーリーが違っていたんですね。話の骨子は同じなのですが、放送時期には既にソウル五輪が終わってしまっていたため、ソウル五輪をなかったことにして、バルセロナオリンピックのみを目指す話に再構成されていたんですね。しかもアニメではその肝心のバルセロナオリンピックまでやらずに終わってしまい、のちのテレビスペシャルでやったそうですが、残念ながら私はそれを知りませんでした…。
しかし今回読み直して思ったのですが、浦沢直樹さんの漫画はとにかくクオリティが高いです。絵柄や話の運び方、読ませる展開。どれをとっても超一流の漫画家です。今のように伏線を散りばめ読者を引っ張らなくても、ここまでとんでもなく面白い漫画を作れるのですから、今の伏線漫画家になってしまった現状は勿体ないような気がします。読んでいてワクワク楽しい気持ちにさせるこういった漫画もまた描いて欲しいものです。
今回、自分でも記憶が曖昧ですが、おそらく15年以上ぶりに読みました。昔読んでいるので驚きなどなく、ストーリーの再確認になるだろうなと思い読み始めたのですが、読み出したら止まらなくなってしまいました。正直、ここまで面白かったのかとビックリしています。私は一番好きな漫画がめぞん一刻で 、これに肩を並べる漫画はないと考えていたのですが、もしかしたらYAWARA!はそれに匹敵するかも知れません…。YAWARA!ってここまで面白かったのかと感激しました。
こんな人にお勧め
- 浦沢直樹漫画が好きな人
- 柔道が好きな人
- スポーツ漫画が好きな人
- ラブコメが好きな人
- 可愛い女の子が主人公の漫画が好きな人
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